Related Artist Bob Dylan * 20世紀音楽の巨星 by (いわ)ぶち


 [ バイオグラフィー]
1961年冬。ニューヨークに小柄な青年 ― Bob Dylan(1941年5月24日 アメリカ・ミネソタ州デュルース生まれ)― がやってきました。病床にあったフォーク・シンガーWoody Guthrieを見舞った彼は、その後コーヒーハウスなどでアコースティック・ギターを携え、フォーク・ソング歌い始めます。

反戦・公民権運動の盛んだった当時、運動の中心に居た人々は、強い精神性と社会性を持ったフォークを愛好していました。戦争や社会問題等を糾弾する、「プロテスト・ソング」とも言います。音楽的なスタイルは、アコースティックでシンプルなものでした。そんな環境の中で、Dylanはフォークの集会などでも歌うようになりました。間もなく彼は高く評価され、1962年にレコードデビューします。その後、彼はこのフォーク路線を発展的に進みました。

しかし1965年、Dylanはフォーク・フェスティヴァルに、エレクトリック・ギターを携えて登場したのです。同年発表のアルバムでも、エレキを鳴らしてバンドと共にロックする事を宣言しました。これに対して、従来のファンは激く非難をします。それでもDylanはロック路線を貫いた素晴らしい音楽活動を継続しました。そんな1966年、彼はバイク事故で重症を負い、長い沈黙期間に入るのです。

事故から2年後の1968年から、Dylanはアルバム発表を再開しました。カントリーやブルースなど、アメリカのルーツを見つめた作風や、滑らかな歌声などの新境地を開いていきます。そして1974年、The Bandとの北米ツアーを敢行して完全復活しました。その後制作されたアルバムは、自己の苦悩の表現や、社会問題への鋭い視線、多様な音楽の取り込みなど、様々な側面を見せます。また、ライブでは主にロックの力強さを剥き出しにしたパフォーマンスを続けました。

1978年、Dylanはキリスト教への傾倒という一つの転機を迎えます。1979年から発表されるアルバムは、ことごとく強い宗教指向に覆われ、それは続くツアーで頂点を極めます。宗教の歌しか歌わないDylanに、一部のファンの間で拒否反応が起きました。1983年頃からようやく宗教への傾斜が和らぎます。以降のDylanは過去の破壊ではなく、自分が常に自分であり続ける所から、新たな音楽を創造するように感じられるようになります。

1980年代、"We Are The World"や、Live Aidにも参加します。そんな時も頑固なほど強烈な「Bob Dylan」に徹する姿が印象的でした。一方でTom Petty & The Heartbreakersや Grateful Deadとの共演も行っています。1988年にはGeorge HarrisonらとThe Traveling Wilburysを結成し、アルバムを制作したりもしました。

同年、ロックの殿堂入りするなど、Dylanはロックの歴史そのものになりつつありました。しかし、同時期に毎年世界各国でライブを行い、現在まで続くNever Ending Tourを開始したのです。Dylanは60歳を越えた今日に至っても現役のロッカーであり続け、発表されたアルバムは40以上にも上ります。彼の創作意欲とロックパワーは、いまだとどまる所を知らず、輝きを放っているのです。
 [ Bob Dylanの音楽と魅力 ]
Dylanの魅力のまず第一に、他に類を見ない豊富な語彙と、圧倒的な描写力で展開される「歌詞」が挙げられます。Dylanが「詩人・哲学者」とも称される所以です。また、これを歌う「Dylan語」と言うに相応しい発音と、独特の歌声(しわがれ声と、だみ声の中間くらい?)は、力強さと、胸を突く繊細さの源になっています。一方、Dylanは言葉から柔軟なメロディーを引出すという、感覚を持っています。何者にも縛られない自由な旋律は、思いがけない所でとてつもなく感動的なメロディーをもたらしたします。あらゆるジャンルの音楽要素を取り入れつつ「Dylanらしさ」を失わないそのスタイルは、ドライブ感一杯のロック・サウンドから、素朴なフォーク・サウンドまで、全てが表現できる「Dylan」という一つのジャンルさえ、確立できるでしょう。

Dylanの魅力を語る上では、ライブも見逃せません。彼はオリジナルとは全く異なるアレンジで演奏することで有名です。しかもその演目は、デビュー・アルバムから最新作まで幅広く網羅し、公演の都度曲目が異なるという、驚くべきものです。彼が私たちに聞かせたい音楽は無限に広がっているのです。
 [ Bob Dylan ― お勧めアルバム・書籍 ]
『Bob Dylan's Greatest Hits Vol.1〜3』 (1967〜1994年):
 沢山の名曲を選んであり、ライブ音源なども収録。これを聞けばとりあえず大丈夫。
『The Freewheelin' Bob Dylan』 (1963年):デビュー当時の名作。
『Highway 61 Revisited』 (1965年):"Like A Rolling Stone"を収録したロック路線作品。
『Blonde on Blonde』 (1966年):名曲満載の最高傑作。
『Before the Flood』 (1974年):The Bandと共演したライブ・アルバムの決定版。

『ボブ・ディラン』 (河出書房新社)
Dylanに関する全ての情報が網羅された、非常に重宝な一冊。交遊録のTP&HBコーナーは、当サイト管理人のMayuさんが書いています!
『ボブ・ディラン 指名手配』 (シンコーミュージック)
Dylanを取り巻く様々な人々のインタビューを収録。生き生きとしたDylan像が浮かび上がります。TP&HBも登場。
 [ Bob DylanとTom Petty & The Heartbreakers]
1980年代前半から、Mike、Benmont、HowieらがDylanのアルバム・セッション(『Shot of Love』 1981年、『Empire Burlesque』 1985年)に参加していました。そして、1985年9月のファーム・エイドがきっかけとなり、TP&HBがDylanのバックを務めるという夢のライブが実現しました。1986年から1987年にかけて、True Confessions TourおよびTemples In Flame Tourを共にし、来日公演も行っています。ライブ・ビデオ『Hard To Handle』に記録されたこの共演は、確実にロック史上に残る名場面と言えるでしょう。(Dylan with TP&HBのツアーに関する詳細はこちら)



スタジオ録音楽曲については、Dylanの"Got My Mind Made Up"(『Knocked Out Loaded』 1986年)のバックをTP&HBが担当しています。一方でTP&HBの"Jammin' Me"(『Let Me Up (I've Had Enough)』1987年)がDylanとの共作で、「Dylanっぽい」作風になっています。

1988年春、George Harrisonのシングル曲制作がきっかけとなって、R. Orbison、Dylan、G. Harrison、J.Lynne、そしてTom という、これまた夢のユニット・The Traveling Wilburysが誕生しました。このバンドの音楽は、Dylanの存在によって引き締められたものになっています。Dylanの強烈な個性がWilburysのポップさの中でバランスを保つにあたって、Tomの果たした役割は大きかったと、音を通して感じる事が出来ます。

1991年10月、Dylanのデビュー30周年を記念して、マジソンスクェアガーデンに錚々たる顔ぶれが集結しました。その中でも、TP&HBの存在は光っていました。"License To Kill"と"Rainy Day Woman #12 & 35"の演奏や、N. Young、R. McGuinn、E. Clapton、G. Harrison、そしてDylanが揃っての"My Back Pages"の共演にTomも加わった情景が全てを物語っています。Tomの楽しそうな表情と、バンドのエキサイティングで堂々たる演奏ぶりは本当に印象的でした。

どんなロック・ミュージシャンでも、多かれ少なかれDylanという偉大な存在に影響を受けています。特にTP&HBには、直接的なDylanの影響を随所に見る事が出来ます。

まず、Tomは個性的な声をしていますが、聴衆はそれを豊かなしなやかさとして受け入れるています。この事は一世代前の、そして更に個性的なDylanの存在があってこその事でしょう。また、TP&HBに時折見られるメロディーに詞をねじ込むような手法や、思索的で謎めいた詞、サウンド的には、ストレートで粗削りな作風に、Dylanの影響が感じられます。TP&HBの音楽を説明する時によく用いられる、「Dylan + Byrds + Stones」という表現は、非常に的を得ていると、いえるでしょう。

もう一つ見逃せないのは、懐の深い音楽との付き合い方です。TP&HBはロックンロールも、カントリーも、ブルースもフォークも自在に消化し、それでいて「TP&HBらしさ」という強い個性を持っています。この点も、Dylanと非常に良く似ているのです。

2001年5月24日、TP&HBは彼らのライブにおいて、当日が誕生日に当るDylanの"Knockin' on Heaven's Door"を演奏しました。これはTP&HBの、Dylanに対する敬愛と感謝と祝福の気持ちを、表しているのではないでしょうか。
今やDylanの息子が目標にするような存在になったTP&HB。彼らをDylanというフィルターを透して見た時、その少年のようなロックへの無垢な愛情を感じる事が出来ます。その一方で、TP&HBの音楽に接した時、背後に漏れ聞こえるDylanという存在の偉大さを、再認識せずに居られません。そして同時に、彼らの素晴らしきパートナーシップを、もう一度見たいと願ってやまないのです。