Related Artist The Beatles * The Fabulous Four … FAB! by (いわ)ぶち


 [ バイオグラフィー ]
Johnはリバプールのアートスクール学生。リーゼントをばっちり決めて、ロック・バンドをやっていた。ある日、2歳も年下なのに歌とギターが上手なPaulがやってきて、即メンバー入り。Georgeは中学校でPaulの1年後輩のギター小僧。すっかりJohnのファンになってバンドを追いかけまわしている内に、入れてもらえた。数年後、ハンブルグでRingoに会った。彼はでっかいけどポンコツの車を乗り回していた。

The Beatlesの4人 (John Lennon 1940年、Ringo Starr 1940年、Paul McCartney 1942年、George Harrison 1943年、いずれもイギリス・リバプール生まれ)は、1962年にレコードデビューしました。2枚目のシングル"Please Please Me"が全英1位のヒットとなり、一気にトップスターにのし上がります。彼らを追いかけまわし、ステージに向かって金切り声を上げ、挙げ句に失神してしまうファン達は「ビートルマニア」と呼ばれ、その人気ぶりは加熱する一方でした。

1964年、全米でも1位を獲得。渡米してライブを行い、テレビにも出演。人気を確たる物にします。帰国後に製作された映画も大成功を収め、Beatlesブームは全世界規模で巻き起こりました。1966年には来日公演も果たしています。

しかし、メンバー達は過密スケジュールと長い移動を伴なう過酷なツアーに、苦痛を感じるようになっていました。また、スタジオでの完璧な音作りや、新しい手法を次々に試みる彼らの音楽は、小さなアンプと4人の演奏だけではもはや再現不能でした。結局、1966年8月のライブを最後に、一切のライブ活動を停止しました。それ以降のBeatlesは、録音スタジオで更に進化し続け、「コンセプト・アルバム」という画期的なアイディアなど、作品が発表される度にロックの革命を起こして行きました。

しかし、ライブなしの音楽活動は、メンバーの自立とバンド離れを促す結果となり、アルバムの出来は良く、バンドの雰囲気はマズイという状況が生まれつつありました。ついに1969年、The Beatlesは解散状態に追い込まれ、翌年最後のアルバムが発表されました。レコード・デビューから7年余りの活動期間でした。

解散後、世界中の人々がBeatles再結成を切望しました。しかし、1980年にJohn、2001年にGeorgeが死去した事により、その願いは永遠に叶えられないものとなりました。
 [ The Beatles の音楽と影響力 ]
The Beatlesの4人が生まれ育ったリバプールは、港町として栄えた都市です。そのため、外国からの輸入盤レコードの手に入り易い環境にありました。そんな中から、Elvis Preslyに代表されるロックンロールや、カントリー、ゴスペルなどを聞いて、彼らは青春時代をすごしました。ですから、特にBeatles前期の作品は、軽快で明るいロックンロール調の曲が多くあります。その上、非常に魅力的なメイン・ボーカルであるJohnとPaul、更にこの二人と絶妙にマッチするGeorgeの美しいコーラスが彼らの音楽を突出させました。

大多数の曲を作曲したJohnとPaulの共通した特徴は、メロディーの美しさにあります。更に、個性的なコード進行と、印象的なギターリフが重なり、彼ら以前の音楽とは一線を画しました。リズム面でも、5拍子や変拍子を取り入れるなど、革新的です。活動の中期になると、彼らは様々な要素を吸収しました。インド音楽の導入はその代表です。テープの逆回しや、オーケストラ、電子楽器、サウンド・エフェクトの導入など、音楽作りの為に貪欲に追求し続け、曲調は非常にカラフルになっていきます。

The Beatlesの末期、メンバー間の不仲とは裏腹に、音楽の完成度は損なわれませんでした。中期に盛んになった音楽の多様化から自滅するのではなく、原点に返るべく意図的にナマっぽさを出そうとした所に、その秘密はあるようです。
 
ポピュラー音楽に限らず、あらゆる音楽において、The Beatlesの及ぼした影響は計り知れません。ロックは50年代、アメリカで局地的に流行して終りつつありました。しかしBeatlesの出現がきっかけとなり、事態は一変したのです。ロックは少年少女のみならず、大人も愛好する、20世紀最大・最高の音楽となりました。

音楽以外の所でも、Beatlesが社会にもたらした影響は絶大でした。髪型、服装などのファッションがことごとく流行し、その言動はマスコミと音楽の関係を密着させました。60年代から70年代にかけて起った多くのムーブメントに、Beatlesが一役買っている事は間違いありません。また、レコードの爆発的な売れ行きと、大規模なツアーは、音楽を一大産業にのしあげたのです。The Beatlesは、時代が彼らを求め、来るべくして来た存在だったと言えます。彼らは時代に乞われて登場し、時代と共にその役割を終えて去っていったのです。
 [ The Beatles お勧めアルバム・DVD ]
『beatles for sale』 (1964年) : Tom Pettyお勧めの一枚
『Revolver』 (1966年) : 多様性が一気に開花した中期の作品
『Abbey Road』 (1969年) : 実質的な最後の作品にして、最高傑作
(本当は全作品お勧め)
『The Beatles Anthology 』 : これであなたもビートルマニア
 [ The Beatles と Tom Petty and the Heartbreakers ]
1964年2月9日。アメリカの人気番組エド・サリバン・ショーは、72%の視聴率を記録。アメリカ国民はこぞって、テレビ写るThe Beatlesの姿に釘付けになりました。そんな中に、フロリダ州ゲインズビルのTom Petty少年・当時13歳の姿もあったであろう事は、想像に難くありません。「The Batlesエド・サリバンョー出演伝説」の一つとして、「番組放映の翌日楽器屋に走った人」の中に、Tomの名前も伝えられています。Elvisの映画撮影風景を見て、ショー・ビジネスに憧れていたTomは、Beatlesの映画『A Hard Day's Night』を見て、「進むべき道はこれだと思った」と、『Playback』のブックレットで語っています。「こっちの方向に進み始めたというわけさ。そのこちら側というのが… Beatlesだった。」

Beatlesの現役時代、TP&HBのメンバーはまさにティーン・エイジャー。その影響をモロに受けた事は、間違い無いでしょう。その事は、TomとMikeが次々に出してくるギターが如実に語ります。リッケンバッカーにグレッチ…まさしく、JohnとGeorgeのスタイルその物です。見た目が格好良い道具なだけに、「若い内だけ。ぱっと見だけ」なのかと思いきや、最近ますますリッケン&グレッチ率が上がっており、本気で好きなようです。

TP&HBの音楽は「アメリカン・(ルーツ・)ロック」などと称されますが、一方で「ブリティッシュの権化 The Beatles」に通じる要素も、豊富に持っています。もしくは、Byrdsに代表されるような、「Beatlesに大きな影響を受けている、アメリカのロック」という表現が適当かもしれません。リッケンバッカーから繰り出される光の粒のようなギターリフや、効果的なブリッジを挟んだ曲の構成(しばしば短いという要素も加わる)、随所に見られるやや切なくて美しいハーモニーなどが、Stones、Dylanの向こう側に見え隠れするBeatlesの存在を感じさせてくれます。そして骨太なだけではなく、時々現れるキャッチーでポップな曲調は、まさにBeatlesその物です。

Beatlesが60年代の終焉と共に解散してしまったため、TP&HBがBeatlesそのものと直接交流を持つという機会は、残念ながらありませんでした。しかし解散後のメンバーとは、交流があります。1975年LA、TomはLeon Russellのスタジオで、GeorgeとRingoに会ったと語っています。Tomにとっては当然印象深い出来事でしたが、元Fabの二人はこの無名の青年の事を覚えていなかったようです。そして12年後、TP&HBがDylanとツアーを行った時、Georgeが楽屋を訪問し、それから非常に親しい付き合いが始まります。Georgeとの交流については、彼のコーナーで取り上げる予定ですので、そちらをご参照ください。

Ringoとは、Georgeを通じて親しくなったようです。"I Won't Back Down"のプロモーション・ビデオには、不思議な役柄でRingoが登場します。巨大な地球儀にドリルで穴を空け、一生懸命穴を覗き込むというもの。Tomの家には、この地球儀が保管されていました。そして『Wildflowers』の"To Find A Friend"の録音では、Ringoが実際にドラムを叩いています。曲調と歌詞の内容が、Ringoの気の良いキャラクターと上手く良くマッチしていて、とても心温まる仕上がりです。
 
しかし、TP&HBがカバーしたLennon-McCartneyの曲は、意外にもライブでの"I Want To Hold Your Hand"と"Twist & Shout"(TPソロ)が、確認できている唯一の例です(この際、Georgeの曲は除外しましょう)。やっぱり双方のファンとしては、前期Beatlesの軽快なロックンロールをTP&HBの絶妙なバンドワークで、後期の渋いナンバーをTomの切々とした声で、じっくり聞いてみたいものです。