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 [ Del Shannon * Biography ]
Del Shannon こと、本名 Charles Weedon Westover は、1934年12月30日(日)、ミシガン州 Grand Rapids で生まれました(以前は39年生とも言われていました)。

ギターとの出会いは14歳の時で、瞬く間にこの楽器の虜になっていったそうです。熱中するあまりナイトクラブにまで出入りして、ギタリストを観察しては家で練習をするという早熟さでした。ハイスクール時代に自分のバンドを結成し、本格的に活動を開始。卒業後、陸軍に入隊し(Special Services だったとも言われていますが?)、Elvis Presleyと同じように西ドイツに駐留、そこでギターの腕に磨きをかけたそうです。58年に除隊した後、再びバンドを結成し、ミシガン周辺で活動を始めます。

その頃のグループは、Charly Johnson & The Big Little Show Bandと名乗っていましたが、彼はどうもこの名前が気にいりませんでした。バンドが出演していたHi-Lo Clubのオーナーは昔レスラーを志望していた男で、リングネームをMark Shannonと名乗っていたそうです。その名字から「Shannon」をもらい、大好きだった車「Cadillac Coupe Devill」から「Del」という名前作り出してできあがったのが、「Del Shannon」という芸名だったのです(他にも様々な説がありますが、どの説でも「レスラー」と「車」から名前を取ったというのは同じです)。

幾度かの挫折を経験した後に、Big Top から"Runaway"でデビュー。61年4月には1位を獲得(イギリスでも1位)。続いて"Hats Off To Larry"(61年US 5位/UK 6位)、 "Little Town Flirt"(63年US 12位/UK 4位)をヒットさせました。63年にはイギリスのRoyal Albert Hallで開かれたコンサートに出演しましたが、その時に初めて The Beatles と共演をしています。帰国したDelは、イギリスでヒットしていた彼等の3枚目のシングル"From Me To You"をカバーしてリリースしましたが、これはアメリカ人による初めての The Beatles のカバーバージョンとなりました。

成功を手にしたのと引き替えに、Delはこの頃から精神のバランスを少しづつ崩し始めていきます。鼻の持病も彼にとっては厄介のタネでした。それらを補うかのように彼はアルコールとの付き合いを深めていってしまうのです。

The Beatlesのカバーを最後にBigtopを離れ、自分のレーベルBerleeを興しますが、成功には至りませんでした。シングルを2枚発売した後、心機一転64年に Amyに移籍し、アルバム『Del Shannon Sings Hank Williams』をリリース。これは、R&Rのミュージシャンが出した初めての Hank Williams Tribute アルバムでした。同じ年にリリースした"Keep Searchin' (Folow The Sun)"が、翌65年に9位(UK 3位)にランク・インし、再び脚光を浴びますが、彼のチャートでの成功はここまででした。

66年に Liberty に移籍し、68年までに10枚のシングルをリリースしますが、いずれも不発に終わってしまいます。69年に Dunhill に移り、シングルを2枚リリースしますが、ここでも全盛期の輝きを取り戻すことはできませんでした。もっとも、自身のセールスとは別に、プロデューサーとしての手腕は存分に発揮されたのです。60年に"Itsy Bisty Teenie Weenie Yellow Polka Dot Bikini"(邦題:ビキニ・スタイルのお嬢さん)で1位を獲得した Brian Hyland は、それ以降ヒットに恵まれない生活が続いていました。70年、5つめのレーベル Uniに移籍して最初のシングルに、"Gypsy Woman"が選ばれました(オリジナルは The Impressinons が61年に発表した名曲)。Del Shannon は、この曲のプロデュースを担当し、ヒットさせることに見事成功したのです(US 5位/UK 1位)。続けてDelは、Smithの"Baby It's You"もプロデュースしましたが、こちらもトップ10に入るヒットになりました。

しかし、自分のセールスにつながる事はなく、失意のままイギリスに渡り、United Artists、次いで Island と契約をしますが、状況は一向に変わることはありませんでした。74年10月、United Artists最後のシングル"And The Music Plays On"のプロデューサーは Dave Edmunds、75年8月、Island 最後のシングル"Cry Baby Cry"のプロデューサーは Jeff Lynne と、メンバーを見る限りは豪華なのですが...。

以降、78年の3月まで悪化していたアルコール中毒の治療に専念。その甲斐もあって再び健康を取り戻し、78年12月31日(日)には、Tom Petty and the Heartbreakersのコンサートのアンコールに出演して"Runaway"を演奏しています。新しい活動も活発になり、Tom Pettyをプロデューサーに『Drop Down And Get Me ...』を完成、82年に発売された同アルバムからシングルとして発売された"Sea Of Love"は15年振りにチャート・インして33位を記録しました(この曲は、85年にHoneydrippersがヒットさせた事(3位)で有名です。オリジナルは Phil Phillips with The Twilights で、59年に2位になっています)。

84年には、"Runaway"がラジオでのエア・プレイ回数 200万回を突破した事を表彰され、85年8月には18年振りに来日し、フジTV「ミュージック・フェア」などに出演しました。8月12日(月)には、19時30分からテレビ朝日で放送されたオールディーズの特別番組に出演しましたが、番組開始10分過ぎに入った特別臨時ニュースのためDelのシーンがカットになってしまい、番組自体も放送が取り止めになったのを覚えています。御巣鷹山の日航機の事故があった、とても蒸し暑い晩のことでした。

この年には Warner Bros.と契約し、"Stranger On The Run" "In My Arms Again"と2枚のシングルをリリース、カントリー・チャートにランク・インさせています。86年にはTVドラマシリーズ『Crime Story』のために、"Runaway"の新バージョンを録音。87年3月には待望のコンサートで来日、充実した演奏を聞かせてくれました。88年には、Smithereens のアルバム『Green Thoughts』に収録された"World We Know"にボーカルで参加、89年には旧知のJeffとTPの力を借りて、7年ぶりにアルバムの制作に入りました。その成果は意外にも早く表われ、Del/TP/Jeff3人の共作"Walk Away"がシングルとしてリリースされています(この時点ではDelの人気が高かったオーストラリアのみのリリース)。自分のセッションの合間に、TP の『Full Moon Fever』や Jeff Lynne の『Armchair Theatre』に参加したりと、Del は近年になく充実した日々を送っていました。しかし、それが最後の輝きになるとは....

90年2月3日(土)、Del はノース・ダコタの Fargo で行われた「Buddy Holly Memorial Concert」に出演しました。運命とは皮肉なものです。31年前に亡くなった Buddy Holly を偲ぶこのコンサートが、彼にとっての最後のパフォーマンスになってしまったのですから。 2月8日(木)、Santa Clarita Valley にある自宅で Delの遺体が発見されました。その最後は22口径のライフル銃を自らの頭に発射するという、あまりにも悲しいものでした。はっきりした原因は今もって不明のままです。楽曲の管理は自分の手で行っていたということもあり(この世代のミュージシャンとしては珍しいことです)「金銭的には困っていなかったのに何故?」という疑問から、様々な原因が挙げられました。いわく離婚訴訟に伴った財産分与のためであるとか、常用していた薬に問題があったとか、アルコール中毒が再発していたとか、本当に様々な憶測が流れましたが、真相は彼が抱えて旅立ってしまいました。享年55歳。
 [ Del Shannon と TP&HBのコラボレーション ]
始まりは、82年にリリースされた『Drop Down And Get Me』からです。79年10月に4曲、80年5月に3曲、81年2月に最後の3曲を録音するという変則的なスケジュールで、このアルバムの制作は進められていきました。Heartbreakersのメンバー以外にも、Phil Jonesや旧友の Phil Seymour (Dwight Twilley Band)、Marty Jourard (Motels/Gainsville出身)が参加していますが、全体的にあの頃のTP&HBの音に近い仕上がりになっています。『Damn The Torpedoes』と同じように、ギターを抱えた Delの写真がジャケットに使われていましたが、TP以上に愛想の無い表情が印象的です(アメリカとイギリスでは使われた写真が違いますが「怒ったような顔」は一緒です)。
(Side-1) 1. Sea Of Love / 2. Life Without You / 3. Out Of Time / 4. Sucker For Your Love / 5. To Love Someone
(Side-2) 1. Drop Down And Get Me / 2. Maybe Tomorrow / 3. Liar / 4. Never Stop Tryin' / 5. Midnight Train
All tracks produced by Tom Petty
Stan Lynch、Mike Campbell、Benmont Tenchは全曲、Ron BlairもSide-1の5とSide-2の2&5に参加
このセッションは、TPにとって2つの大きな意味を持つものになりました。1つめは、TPが自分以外のミュージシャンのプロデュースを経験したこと、そして2つめは、Del のバックバンドのベーシストとして参加した Howie Epstein と出会えたことです。

このアルバムは、とても長いブランクのあるミュージシャンが作ったものとは到底思えない仕上がりになっています。プロデュース役のTPとの相性も良かったのでしょうし、バックを固めた Heartbreakers の演奏もマッチしたのでしょうが、何よりもDelの手によるオリジナル曲の完成度が高いです。また、それを歌う彼のハイ・トーンが(全盛期よりは若干衰えているとはいえ)、力強くしなやかで伸びもあり、聞く者をとらえて離しません。全体的にリズム・ギターの音をメインに組み立てられていますので、ザックリとした手応えのあるアルバムです。
2度目は、9年後の91年にリリースされたDelの遺作『Rock On!』。イギリス及び日本では「Silvertone Records」、アメリカではTPの「Gone Gator Label」からの発売でした。ジャケットには、前作同様ギターを抱えているDelの写真が使われています。
1. Walk Away / 2. Who Left Who / 3. Are You Lovin' Me Too / 4. Callin' Out My Name / 5. I Go To Pieces / 6. Lost In Memory / 7. I Got You / 8. What Kind Of Fool Do You Think I Am? / 9. When I Had You / 10. Let's Dance
1. Written by Del Shannon/Tom Petty/Jeff Lynne
Produced by Jeff Lynne (1.3.6.7)、Jeff Lynne with Mike Campbell (2.10)、Mike Campbell (4.5.8.9)
Tom Petty-1. 5. 6. 7、Mike Campbell-1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10、Benmont Tench-2. 5. 9. 10、Howie Epstein-6. 8. 9、Phil Jones-1. 2. 3. 4. 6. 7. 8. 9. 10
Stanを除くHB全員が参加していますが、特にMikeの活躍には目を見張るものがあります。ミュージシャン、プロデューサーとしてだけではなく、エンジニアとしても7曲にクレジットされています(1.3.4.5.7.8.9)。TPとJeffのコンビが充実していた時期に制作されたものだけあって、前作以上にDelの魅力が引き出された感じです。特に、JeffのプロデュースはDelの書く「ポップなメロディ」を損なうことのないアレンジを施していますし、バックをつとめたメンバーも手堅い演奏でDelを支えています。
 [ Del Shannonの魅力 ]
Mikeは「彼の声は、まるで"サイレン"みたいだ。あんなサウンドは他に無いよ。それこそがDelの声なんだ」と語り、TPは「彼とは長い間、親友付き合いをしたよ。79年か80年に彼のプロデュースをして、それ以来ずっと親しくしていたんだ」と語っています。

"Runnin' Down A Dream"の歌詞でTPは、「〜 me and Del were singin' little Runaway 〜」と、巧みに Delと彼のヒット曲を描きだしています。2人共、Delの事は大好きだったようです。Del Shannon の魅力は、彼の弾くリズムギター、声、そして悲しさをたたえたメロディー... それにつきるのではないでしょうか。少し枯れた声で歌い出し、サビになるとファルセットで聴く者の心を揺さぶる。そのバックには武骨なリズムギターとオルガンが流れている。それは、まるで Heartbreakers が奏でているかと思える程、似かよったタイプの音なのです。そして何より、彼の作る曲はとても切ない響きを持っています。胸に染み、いつまでも忘れることのできない、そんな甘酸っぱい感じが漂っているのです。
 [ お薦めアルバム ]
日本盤で入手可能なのは初期にスポットを当てたベスト盤だけですが、残念ながらそれだけでは Del Shannon の魅力の半分も感じることはできません。もし彼の音楽に興味を持たれたら、このアルバムをお薦めします。
Del Shannon 『25 ALL-TIME Greatest Hits』 [Varese Sarabande 302 066 270 2]
2001年にリリースされたベスト盤ですが、60年代のヒット曲だけでなく、TP&HB が携わった2枚からも収録されていますので、彼の魅力を手軽に楽しむことができると思います。