Related Artist Roy Orbison by TOSHI



 [ Roy Orbison * Biography ]
「Big O」こと Roy Orbison は1936年4月23日(水)テキサス州 Vernon で生まれました。父親 Orbie Lee Orbison は油田で、母親 Nadine は看護婦として働いていたそうです。

Roy と音楽の関わりは6歳の時、父がギターを買ってくれたことから始まります。直ぐに夢中になった彼は演奏を続け、やがては地元のラジオにも出演するまでになっていくのです。13歳で初めてのバンド The Wink Westerners を結成し、音楽へますますのめり込んでいきます。

北テキサス州立大学在学中に同じ学校に通っていた事のある Pat Boone の成功に影響され、55年にニュー・メキシコ州クロヴィス(Clovis)の Norman Petty のスタジオで初めてのレコーディングを行いました(余談ですがこの2年後に同じスタジオでレコーディングした1人の若者がいます。彼と Roy は同じ年齢で、同じ様な眼鏡を掛けていました。そして Wilbury 達に大きな影響を与えたという共通点もこの2人にはあります。彼の名は Buddy Holly)。この時レコーディングされたのは"Ooby Dooby"。この曲はPettyのレーベルJuelから発売されましたがセールスには結び付きませんでした。

翌56年、Johny Cash に Sun Records を薦められ、Sam Philipps のプロデュースで再度"Ooby Dooby"をレコーディング。この時は見事にチャート入りを果たしましたが、その後が続きませんでした。Sam はバラード・シンガーとしての Royの実力、特に声の魅力には気付いていたのですが「第2のエルビス」を作り出そうとしていたSamはロカビリー風の曲以外のレコーディングを Roy にさせることがありませんでした。結局、ここでも成功することはできずにナッシュビルに移りRCAと契約、シングルを2枚リリースしましたが結果はでず、59年に Monument Records に移籍しました。

2枚目のシングルまでは同じことの繰り返しでヒットの女神に見放されていたのですが、3枚目のシングルとして60年に発売した"Only The Lonely"が大ヒット(US 2位/UK 1位)、4枚目の"Running Scared"が61年6月にチャートのトップを獲得し(UK 9位)、その地位を揺るぎ無いものにしました。以降も"Crying"(61年US 2位/UK 25位) "Dream Baby"(62年US 4位/UK 2位) "In Dreams"(62年US 7位/UK 6位) "Mean Woman Blues"(63年US 5位/UK 3位) "It's Over"(64年US 9位/UK 1位) "Oh Pretty Woman"(64年US 1位/UK 1位)と合計9曲ものトップ10ヒットを生みだしていきました。

しかし、65年にMGMに移籍してから Royの人生に陰りが見え始めてきます(Monument Records とRoyは両者とも契約延長を望まないという、いわば「円満退社」でしたが)。映画出演等を視野に入れた、さらなる展開を目論んでの移籍にも関わらず、出演作は1本のみで、発売する曲もトップ20に届かないといった状況が続きます。

不調の波は、やがて彼の私生活をも巻き込んでいってしまいました。自宅近くでオートバイを運転していた Roy と後ろに乗っていた妻の Claudette を事故が襲います。"Only The Lonely"が1位を獲得してから丁度6年後の6月7日(火)のことです。運転していたRoyは無傷同然でしたが、"Oh Pretty Woman"のモチーフになった最愛の Claudette は亡くなりました(享年25歳)。残念ながら悲劇はこれで終わりませんでした。2年後の68年9月14日(土) イギリスをツアー中の彼の自宅から出火、3人の子供のうち長男の Roy Orbison Jr.と次男のTony を失ってしまうのです。

深い悲しみにつつまれた彼に、一筋の光明が射したのは、それから間もなくのことでした。69年3月25日(火)、ドイツ生まれの Barbara Wellhonen と結婚。以降、Royが亡くなるまでの20年余りの間、Barbara は Roy の妻としてだけではなく、マネージャー、プロデューサーとして彼を支え続けます。しかし、彼の心の傷が完全に癒えることはなく、表舞台から姿を消してしまいました。

70年代の後半にアルバムを何枚かリリースしますが、完全に復活を遂げたのは80年代になってからでした。映画『Roadie』のサウンドトラックで、Emmylou Harris とデュエットした"That Lovin' You Feelin' Again"がヒットし、81年2月の第23回グラミー賞で、最優秀カントリー・デュオ・レコード(The Best Country Performance by a Duo or Group With Vocal category)に選ばれたのです。

また、David Lynch が監督した『Blue Velvet』で、"In Dreams"が使われ最評価の気運が一気に高まりました。87年にはロックの殿堂(Rock'n'Roll Hall of Fame)に選ばれましたが、その式典でプレゼンターとなった Bruce Springsteen はRoyを「75年に"Born To Run"を録音するためにスタジオ入りしたとき、Bob Dylan のような言葉とPhil Spector のようなサウンドでレコードを作りたいと思ったが、何よりも Roy Orbison のように歌いたかった。でも今は誰も彼のように歌えないことを知っている」と紹介しました。

この年、新しいレコード会社(Virgin Records)との契約もまとまり、9月30日(水)には『A Black And White Night』と題されたコンサートが開催されました。Roy を敬愛するミュージシャン達、Bruce Springsteen、Elvis Costello、Bonnie Raitt、k.d. lang、Jackson Browne、J.D. Souther、Jennifer Warnes、Tom Waitsなどが参加したこのコンサートは、Roy の健在ぶりを強くアピールし、新しい活動に期待を持たせてくれたものです。そして翌88年、Jeff Lynneのプロデュースで新しいアルバムの制作に入り、その途中で Traveling Wilburys に参加することになるのです。Wilburys の成功を誰よりも喜んでいたのは最年長の Roy でした。

いわゆる「ナツメロ歌手」としての活動を嫌い、「常に現役でいたい」と思い続けていた Roy Orbison。彼を慕う若手との共演で、新たなファンを獲得し始めていた、その彼に突然...

88年12月4日(日)、クリーブランド近郊の Front Row Theater のステージが、彼にとって最後の演奏になってしまいました。12月6日(火)、ナッシュビルにある母親 Nadineの家のバスルームで倒れている Roy が発見されました。時間は午後11時。すぐに Hendersonville Hospital に運ばれましたが、手当の甲斐なく11時54分、息を引き取ったのです。死因は心臓発作、享年52歳。
 [ お薦めアルバム ]
オリジナルは入手困難なものばかりです。80年代の Virgin時代の作品でさえもなかなか手にいれにくくなっていますし、残念ながらRoyの長いキャリア全般をフォローしているベスト・アルバムもありません。その中で手軽に入手できるのは、『ゴールデン・デイズ』(CBS SONY/SICP8002)ではないでしょうか。ジャケットはいただけませんし、ヒット曲を連発していたMonument 時代の曲だけしか収録されていませんが、Royの魅力を知る入門編としては手頃だと思います。そこから先は、みなさんの琴線に触れた音を辿って、Royの残した数多くの素敵な作品を聞いていって下さい(『Mystery Girl』に収録された"You Got It"と"California Blue"は、『ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ロイ・オービソン』(VJCP25271 Virgin/東芝EMI)という日本盤で入手可能です)。
 [ TP&HB と Roy ]
不幸にも遺作となってしまった『Mystery Girl』は、89年2月にリリースされました。TP&HBとの共演はこれが初めてですが、そんな事は感じさせない濃厚なつながりを感じさせてくれる仕上がりになっています。
1. You Got It / 2. In The Real World / 3. (All I Can Do Is) Deram You /4. A Love So Beautiful / 5. California Blue / 6. She's A Mystery / 7. The Comedians / 8. The Only One / 9. Windsurfer / 10. Careless Heart
*written by Jeff Lynne/ Roy Orbison/ Tom Petty (1.5)、 Jeff Lynne/ Roy Orbison (4)
*produced by Jeff Lynne (1. 4. 5)、Roy Orbison / Mike Campbell / Barbara Orbison (2)、Roy Orbison / Mike Campbell (8. 9. 10)
TP&HB のメンバーが半分以上の曲に参加、特に Howie は4曲で Background Vocal としてクレジットされています。 (Tom Petty-1.2.5、Mike Campbell-2.5.8.10、Benmont Tench-6.8.9.10、Howie Epstein-2.6.8.9.10、Phil Jones-1)
アルバムは、アメリカで5位イギリスで2位を獲得、タイトル曲"You Got It"もヒット(US 9位/UK 3位)しました。この曲を聴いても分かる通り、「ワン・アンド・オンリー」と称されるRoyの声の魅力をストレートに前面に押し出した仕上がりになっています。特に、Heartbreakersの面々がバックアップした曲はアコースティックな感じが多く、Royの歌を引き立たせているのではないでしょうか。

TPとRoyの出合はいつ頃だったのでしょうか。1984年1月中旬、「The Great Moments Of Rock」と題された特別番組の収録がキャンセルになりました。実は、この時、Roy は TPやLinda Ronstadt とデュエットする予定だったそうです。もしかするとリハーサル位は行われていたかもしれません。そうすると、TP と Royの出合はこの時ということになりますが、真相は分かりません。TPのコメントから察するに、『Mystery Girl』のセッションで出会ったのが、初めてだったのではないでしょうか。

TP は Royとの思い出をこう語っています。
「Jeff が Roy と仕事をしてた時に僕を呼んでくれてね、その時、一緒に書いた曲が"You Got It"なんだ。Roy と曲が書けたなんて夢のようだよ。Royと出会えて、一緒に仕事ができたなんて感激だね。彼は世界で一番のシンガーだと思うよ。」
「心が大きな人だったな。とても懐が深い人だった。そして、彼の生き方ってものにはひどく共感させられるものがあったよ。その日その日をとても大切にする人でね。まあ、心の底から"いい奴"だったんだ。」
 [ Roy Orbisonの魅力 ]
本当に切ない...
一度聴いたら忘れることのできない声、そして胸を締め付けるようなメロディーライン、それこそがRoyの最大の魅力です。「ヴェルベット・ヴォイス」と称される艶やかで豊かなその声で歌い上げる切ない旋律は、恋することのもどかしさや素晴しさを人々に思い出させてくれるのではないでしょうか。

目をつぶって歌うクセを隠すために掛けたサングラスと黒を基調にしたファッションが醸し出すミステリアスな雰囲気、そして派手さはありませんが効果的なリズムギターの音も魅力です。様々なミュージシャンが Roy の曲をカバーしていますが、Bruce Springsteen が語ったように、誰も「Royのように歌うこと」はできません。