Live Report update: 1999. 10. 2


1999年 8月27日 Shoreline Amphitheatre 
Setsuko&BUCHI in Mountain View BUCHI
BUCHIです。コンサートそのものは興奮の余りほとんど書けないんです。そんな訳で私のは旅行記になちゃいました。従って長い。とってもながーい。でもこれはTP&HBに対する愛情に比例しているんです。
数年前の夏のある日、私が帰宅途中のバスに乗っていると、激しい夕立がやってきた。かなり強い雨だったが、傘を持っていなかった。その時私は、おろしたてのリーガルのローファーを履いていた。そのリーガルは、長い間憧れていたものの中々手が届かず、節約を重ねてやっと手に入れた大事な靴だった。私は絶対に濡らしたくないと思った。そこで私は自宅の最寄バス停で降車するなり、商店の軒先に入り、雨をよけた。そしておもむろに両足のリーガルを脱ぎ、鞄の中に押し込めると、そのまま自宅まで5分程の道を走ったのである。

Tom Petty & The Heartbreakersのコンサートを見る為だけに、サンフランシスコへ3泊5日一人で出かけると言うのは、これとよく似ている行動だと思う。その行動について聞いた人はまず驚くのだが、私を多少なりとも知る人であれば、その後で「BUCHIらしい」と感じるのだ。

「女の子が一人で海外なんて格好良い」と、友人達が言う。確かに自分でも格好良いと思うのだが、一方で付きまとう不安は例え様もない。出不精で旅行などめったにしないし、英語もほとんど出来ない。一人では何事も心細い。成田で搭乗を待つ私は、荷物をしっかりと抱え、口をきつく結び、なおかつ多少尖らせ、やや眉を寄せ、不良少年のような目つきで座っていただろう。下手をすれば一昔前の家出娘だ。
飛行機が成層圏を進み始めても、私の気持ちは一向に楽にならなかった。これは単なる感傷ではなかった。一大発起によるサンフランシスコ行きが徒労に終わるという危機感が、私を楽しませず、機内食を更にまずくしていた。出発前日にインターネット上に「トムが喉を痛め、2回のコンサートをキャンセルした」というニュースが流れたではないか。トムの喉が回復せずに8月27日のコンサートまでキャンされたら、これを悲劇と呼ばずに何と呼ぶであろうか。万が一キャンセルなんてしたら、本当に、絶対に、どんな手を使っても、56億7千万年後まで許さんぞ!私は弥勒菩薩様のご加護よりも強いであろう念力を発した。何せ私は成層圏にいるのだ。これだけ高い所から発する念力の威力や絶対的である。

サンフランシスコ国際空港に到着すると、不意に私は英語が出来ない事の重大さを自覚し始めた。入国審査というものがあるのだ。入国審査官は東洋系の青年だった。初めは滞在目的や日数など普通の質問をされたのだが、次に彼は「何処に行くのか」と聞くではないか。ああ、神様、仏様、Dylan様!その時は来たのだ!アメリカ人に「私はTP&Bのコンサートのためだけに、はるばる日本からやって来たのだ!」と告げる時が。私は至福の表情で「Tom Petty & The Heartbreakersのコンサートを見に行く」と言った。「へえ、そりゃ良いや。彼らはクールだよね」とか言ってくれるかと思ったら、甘かった。彼はいぶかしげな表情を変えないまま、「友達と一緒か?」と聞く。「そうだ」と答えると、彼は私を解放した。どうやら強制送還はしないようだった。とんだ肩透かしと言うやつだ。

ホテルに到着すると、どこにも出かける気にもならず、すこぶるくつろいでいた。窓からのサンフランシスコの風景はまあまあ美しく、私はやたらと写真ばかり撮り続けた。やがて日が暮れようとする頃、電話が鳴った。かなりドキドキしながら受話器を取ると、相手はせつこさんだった。ご家族と共にアメリカ旅行中のせつこさんは、私にとって唯一無二の頼みの綱だ。コンサートチケットも彼女なしには入手できないし、かなり郊外に位置するコンサート会場へ行くには、せつこさん夫妻のレンタカーに便乗させていただく他ないのだ。

当日私がせつこさんのホテルを訪ねる事を確認すると、せつこさんも私と同じ懸念を口にした。トムの喉のことである。私はひたすら「トムさんの喉良くなれ念力」を発し続けた。それも踊り付きで。声の調子が悪くても、シャウトできなくても、元気がなくても、代わりにマイクが歌っても、どうしても良いから、とにかくコンサートを開いてくれ。これが私の願いの全てだった。
翌朝。コンサートの当日。街は真っ白だった。サンフランシスコ名物の霧だ。見るべき物もあまりないが、ホテルの側に聳え立つグレースカテドラルを訪ねることにした。大きさはかなりのものだったが、やはりヨーロッパのそれに比べて、明らかに空虚な空間だった。歴史の力というものを物理的に見せ付けられる瞬間だ。フィレンツェの聖ジョバンニ洗礼堂「天国の扉」のレプリカがあり、それさえもがひどく安っぽく見える。しかし、さすがにキース・へリングの作品「キリストの生涯」には感服した。恐ろしく簡略化しているのに、確かに「キリストの生涯」を描いている。結局アメリカにおいてはアメリカ的な物に力があるのだ。強引で直線的な街の作りや、ポップアート、そしてロックンロール…。

それからが長かった。早々にホテルに戻り、ひたすらせつこさんと約束した時刻なるのを待った。だんだん信じられない気分になってくる。今夜はTP&HBのコンサートを見るのだ。それがあまり現実味を帯びてこない。時々TP&HBという存在が私の想像の産物で、実在しないのではないかと思う時がある。つい数ヶ月前まで周囲にTP&HBを知っている人さえ皆無に等しく、メディアでの露出もゼロに近い。まるで自分だけが目撃した人魚のようだった。それが今夜大きな野外円形劇場でコンサートを開くという。にわかには信じられない。早く見たい、聞きたい、感じたいと思う一方で、私が信じている人魚が、実は太ったジュゴンだったことを知ってしまうのが怖かった。

午後5時。ダウンタウンにあるホテルの部屋に、せつこさん一家を訪ねた。いつ会っても元気一杯の坊や2人。そしてロックスターにうつつを抜かす妻を、優しく受け入れてくれる素敵な旦那さん。せつこさんは私より遥かに余裕の表情だ。確か彼女はナマTP&HBを見るのも4回か5回目だ。経験豊富なのだから、初体験のコムスメなど足元にも及ばないのである。
お子さんをベビーシッターさんに預け、せつこさん夫婦と私は旦那さんがハンドルを握るレンタカーに乗って、一路Mountain Viewを目指した。ハイウェイを走ること40分あまり。どうみても何もないような土地がMountain Viewだった。大きな駐車場に車を止めて外に出ると、私は落ち付きなく辺りを見まわした。[ Tom Petty & The Heartbreakers ] と大きく書かれた看板。その下がチケット販売の窓口だ。テレビでしか見たことのない「いかにもアメリカ的なコンサート」の風景だ。当然写真撮影。私は「うふふー!」を連発した。完全に浮かれている。

会場に入ると、とにかく人が沢山居ることが驚異だった。「この人達、みんなトムさんを見に来たんだよね…」と言うと、せつこさんは「当たり前じゃん」と笑った。私には当たり前には思えなかった。人魚だか宇宙人だかの存在を信じている人がこんなに沢山いるだなんて、信じられないのだ。

まだ時間があるので、腹ごしらえをするためにホットドックを食べる。それ一個で満腹だ。当然口紅なんぞ落ちてしまうので、せつこさんと私はしっかり化粧直しをした。ラフな服装で夜だし、いつもの私なら余り気にしないのだが、いつトムやマイクに見られるか分からない。この馬鹿馬鹿しい考えには、せつこさんも同意していた。相手が普通の人間だろうが、ロックスターだろうが、半魚人だろうが、宇宙人だろうが、恋とはそうしたものなのだ。

席につくと、そこは前から半分くらい、左右では中央付近に位置していた。せつこさんはフィルモアの最前列で見たことがあるので「遠い、遠い」としきりに文句を言う。私にはそれが恐ろしく贅沢に思えた。前座のロス・ロボスの演奏も良かったが、私はとにかく早くTP&HBが見たくて仕方が無い。私は人前で音楽を演奏することの恐怖を思いだして、せつこさんに言った。「彼らも緊張とかするのかなぁ」「ああ、人・人・人とか書いたりして?」私は落ち付かないので喋りつづけた。「誰かが急にトイレとか行きたくなるんだよ、きっと。ベンモントとかさ」せつこさんは笑い出した。
やがてショウが始まった。日もとっぷり暮れ、空には星が輝き始めていた。客席のライトが消え、人々は一斉に立ちあがって歓声を上げた。突如、私の視界が遮られた。人の頭と背中以外には何も見えないのだ。私は必死に飛んだり、跳ねたり、横にずれたりして目を凝らした。そして大好きな"Jammin' Me"が始まった。チラチラと小さな人が見える。金髪。白いシャツ。ファイヤーバードとおぼしきギター…Tom Pettyだ!彼だ!その時、頭の中の人魚だの、宇宙人だの、ジュゴンだのが消滅した。遠いステージに立ち、私達に向かって歌う人は、確かに存在している。ロックンローラーだ。Tom Petty & The Heartbreakers なのだ。

私は早速負けん気を発揮し、シートの上に立ちあがった。さすがに視界が開ける。ステージ全体が目に入った。中央に金髪男。左にはトムと同じ形のギターのマイク。ピアノの陰のベンモントはさすがに見えづらい。そして右にはホウイだ。私は彼が大好きで、彼の復調を願わずにいられなかった。表情や実際の体つきなどは分からなかったが、あの独特のリズムの取り方が戻っている。腰を中心に、上半身を前後に可愛らしく揺らす。回復しているのだ。私はそう確信した。それを証拠に、バックボーカルに確かに彼の声が聞こえる。

やがて曲は"Runnin' Down The Dream"へ。マイクのギターは、本当に格好良く、素手で心臓を掴むような迫力がある。それに対してトムは飽くまでリラックスして楽しんでいる。声は絶好調だった。トムもすでに40半ばだ。声が衰えていても文句は言えまいと思っていたのだが、冗談ではない。物凄い力強さでぐんぐん迫ってくる。シャウトなんてお手のものだ。つまり休養は充分だったのだ。私の念力はものすごい威力を発揮した。

しかし、2曲目にして私はシートの上に立つのを断念した。バランスを取るのが難しく、力が要る。ノルことがままならないし、さすがに後ろの席の人に悪い気がして、集中できないのだ。下に降りて再び黒い頭と背中との格闘が始まった。日本でのコンサートとの違いは、曲の最初から観客が一斉に大合唱なのだ。英語が出来ない私も負けじと大声を張り上げる。「TP&HBの曲を知っている」という人がこの会場一杯なのだ。私は怖いくらいの一体感を味わっていた。

後でせつこさんが言ったのだが、「さすがにマイクの"I Don't Wanna Fight"の時は若干盛り下がっていた」らしい。しかし私は大声で一緒に歌いながら、「なぁんだ、皆もけっこうこの曲好きなんじゃん。大合唱だぜ。ライブで聞けば浮いてないし」と思っていた。初心者とはこうしたものだろう。私は彼らのギターはどんなものかを見ようと、必至で人垣との格闘を続けていた。
TP&HBの凄いところとは、最も初期のオリジナル曲も現在の曲も、変わりなく彼らの「自信作」であることだ。"Don't Do Me Like That"や"Listen To Her Heart"を演奏した時に気付いた。トムは実に楽しそうに歌う。本当に好きなのだ。彼らにとってロックは生活の糧であって、必ずしも楽しいばかりではないはずだ。しかし苦悩があったとしても、ロックに対する愛情が常にそれらを凌駕しつづけたのだろう。その愛情の発露を、私達観客は享受するのだ。

初心者である私はともかく、多くの観客がアコースティックや、スローの曲になるとシートに座る。私には好都合だ。そんな曲の中に"I Won't Back Down"があった。私はこの曲に関して「良い曲だし、好き。でも一番好きだと言うには、歌詞はともかく曲は少し軟弱だ」と思っていた。しかし、実際にライブでトムが自分に、仲間に、そして私達に語りかけるようにこの曲を歌うと、私は不覚にも涙がでそうになった。後でその事をせつこさんに言うと「そうだよ、良い曲なんだよ」と諭された。つまりライブは私の感覚を素直にしていたのだ。

"Mary Jane's Last Dance"が始まるともう会場は一体だ。大合唱もボリュームアップする。そして怪しいイントロの中、トムがステージ右にある箱に近づく。全員が分かっていた。あの帽子を取り出すのだ。"Don't Come Around Here No More"が始まる。それと共にトムの調子は益々上がる。最後の「Hey!!」ではトムのあまりに張りがある声にハウリングが起こり、パヒィーン!と突風のような音が円形劇場を駆け抜けて、星空へ巻き上がって行った。

マイクのギタープレイも冴え渡った。クラプトンのそれよりも無垢で、ドライブ感がある。正真証明のギター小僧なのだ。私はもしギターを弾けるようになったならば、彼を目標にしたい。ステージでの控えめな立ち姿も格好良い。そう言えば、彼のインストゥルメンタルで大いにギターを鳴らした後、珍しくギターを高く掲げ、観客にアピールした。その姿もどこか控えめで、可愛い印象を受けた。

やがて"The Waiting"が始まった。この曲が今回のツアーのセットリストに載っているのを見たことが無かっただけに、意外であり、そして感激だった。私はこの曲のポップで軽い感覚が好きだ。そのくせ切なくて力強いというTP&HBの良さが凝縮されている。それをライブで聞くことが出来たのだ。私はそろそろ落ち付いて曲を味わいはじめた。そうだ、私はこの瞬間を待っていたのだ。長い、長い間待っていたのだ。きっとTP&HBを知るよりも前から、待っていたのだ。

"Room At The Top"が始まる頃、せつこさんが私の耳元で怒鳴った。「あっちの方、良く見えるって!」勿論私達はイソイソと移動した。何故か左側の一角がぽっかりと空いていた。そこから見ると、ステージが完全に見渡せる。その瞬間、私の理性は音を立てて吹き飛んだ。完全に。"You Got Lucky"が始まる。ラッキーをゲットしたのは私だ。トムやホウイと一緒に叫ぶ。既にトムやマイクがどんなギターを弾いていたのかなんて、完全に記憶からあさっての方向に一掃されてしまったのだ。

"Free Girl Now"がそのハイテンションを増幅した。この曲はニューアルバムの中でも一番好きなのだ。拍の頭にアクセントを置き、力強く前進して行く。私はピョンピョン飛び跳ねながら大声で歌っていた。もうせつこさんが何を言っても聞こえなかった。"You Wreck Me"でホウイと一緒に副旋律を歌ってトムをサポートする気分になる。そして、彼らは一旦ステージからいなくなった。
さあ、アンコールだ。私もせつこさんも「早く出てこーい!」と叫んだ。そして戻ってきた彼らはおもむろにあの曲のイントロを奏で始めた。"Free Fallin'"だ。私の意識は完全に自由落下していた。夢見心地で合唱に加わった。"I wanna write her name in the sky"で、みんなが空を指差す。星が輝く。トムとホウイの綺麗なハーモニーが吸い込まれていった。

ロックはとうとう、ここまで美しいものになったのだという実感だった。騒音だなどと言われ、蔑まれた事もあり、いまだにそれを主張する人もいる。しかしこの美しさはどうだ。それはロックを愛したものだけが共有できる独特の美学だった。それを上手く説明できない。文章にできないのだ。

だから沢山の少年達はコピーをし、オリジナルバンドを作り、演奏することで表現しようとした。ロックの普及にはそういう要因もあったのだろう。TP&HBはそんな少年達の代表なのだ。言葉に出来ない美しさを、彼らは今ステージ上から観客一人一人に伝えている。アンコール2曲目は"Gloria"だ。観客は手を上げ、「GLORIA!」を連呼した。ロックの幸せなところは観客もメンバーとして参加可能なところだ。

そして、最後に。本当に最後に。"American Girl"が響き渡った。オリジナル・バージョンのアップテンポ。TP&HBが、自分達の音楽に対する揺るがざる自信を持っていることを証明した曲だ。元気なトムと一緒に私は幸せな気持ちで大声で歌っていた。そしてマイクの果てしないギタープレイを楽しんだ。いつまでも、いつまでも、終わって欲しくなかった…。
航空券の都合で、私はコンサートの翌日もサンフランシスコ滞在を余儀なくされていた。この街には私の興味をそそる物がない。コンサートと言う唯一の目的を果たすと、私はとたんに早く帰りたくなり、今居る町に文句をつける。そもそも私は出不精なのだ。日が暮れると、ますます早く帰りたい。私はトムの声を復帰させた(と思っている)念力を再発動させた。「はぁっ!」などと気合充分に念力を集中し、「早く明日になれ〜」と歌いながらアヤシイ踊りもつける。これは効果覿面のはずだった。

しかし、この念力は強すぎた。強すぎてアッシジの聖フランチェスコの怒りを買ったのである。何と、夜中の1時過ぎ、ホテルの火災警報機が大きく、長く、絶え間無く鳴り響いた。火事だ。私は最低限の身支度を整え、パスポートや航空券を持って部屋を飛び出した。そして非常階段を12階から1階まで駆け下りたのである。まさか最後にこんな目に遭うとは思わなかった。夕べコンサートで良い思いをしたツケが回って来たに違いない。この時の恐怖は凄まじいものだった。 

結局、警報は誤報だった。幸いではあったが、大事件だった。そんな事が私に起こったことなど、TP&HBの面々は知る由もない。しかし私は思った。

ねえ、やっぱり来日するべきだよ。はるか太平洋を超えて会いに来なきゃならないんだ。火事で焼け死ぬ危険まで冒して。そんな冒険をしてでもコンサートを見に来る人なんて、けっこう居る。私のような若い女性が一人でも来る。それなら、あなた達が日本に来る位の冒険をしてくれても、良いじゃない?結局、私は彼らを脅迫せずにはいられないようだった…。
Shoreline Amphitheatre, 1999.8.27
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Jammin' Me
Runnin' Down A Dream
Breakdown
Swingin'
Don't Do Me Like That
I Don't Wanna Fight
Mary Jane's Last Dance
I Won't Back Down
Listen To Her Heart
It's Good To Be King
You Don't Know How It Feels
Penetration
Don't Come Around Here No More
Walls
The Waiting
Room At The Top
You Got Lucky
Free Girl Now
You Wreck Me
〜 encore 〜
Free Fallin'
Gloria
American Girl