9- Happy Memories

あれから2年以上の月日が流れましたが、Fillmore で最高に素敵な時間を過ごしたことは忘れられません。きっと、これから先も私の心の支えになってくれる出来事だと思っています。初めて見た TP&HB のライヴが素晴らしかったのは言うまでもないのですが、同時にそこにいた人々の優しさが深く印象に残っています。


Fillmore というのは座席のないオール・スタンディングのホールで、勝手のわからない私にはそれがかなり不安でした。それで旅行社の現地係員の人に聞いたところ、「座席はないけどオープニング・アクトが出てくる頃にフロアに行けば、ちゃんと見える場所を確保できる」ということだったので、なるほどと思っていたのです。

私が最初の日に Fillmore に行ったのは夕方の6時頃、開場を少しすぎた時間でした。すんなりと中に入って、しばらくは Fillmore 内部(フロアの外側や上階のポスタールーム)を見物して感慨にふけっていました。でも、いざフロアに降りてみるとビックリ。すでに半分くらいまでビッシリ人が座っていたのです。その時はかなり焦ってしまいました。これじゃあ見えないじゃん… とはいえ、これは私も同じように座って待つしかないのだと悟り、できるだけ前の方に行って腰を下ろしました。それから延々とフロアに「体育座りの姿勢」で座って待ち続けました。前方のスクリーンではあちらのアニメーションが映し出されているのですけど、私にはあまり面白さがわからなくて、さすがに2時間は長かった。

8時をまわり、ステージが少し慌ただしくなってきました。そして気が付くとそこには、TPその人が立っていました。横には Roger McGuinn が一緒でした(TPはオープニング・アクトの Roger を紹介するためにステージに登場したのでした)。そこで観客はみな立ち上がり、前へとつめはじめました。私はステージに向かって真ん中から少し左寄り、前から半分くらいのところに座っていたのですが、これで随分前に進んだような感じでした。

でも、ほっとしたのもつかの間、周囲がまさに Walls 状態だと気が付くのに、それほど時間は要しませんでした。実は私はとても小さいのです(身長150cmは日本人の間でも小さい)。これでは何も見えません。しばし愕然としてしまいました。

その時、側にいた人が話しかけてきました。一人埋もれて立っている日本人の女の子がよほど可哀想に見えたのでしょうか。その人が言うには「あなたは小さいから、もっと前に行って良いんだよ。ここじゃあ見えないでしょう」。周囲の人も同調しています。そして、前方の人に声をかけて、私を前へと送り出してくれました。前方の人も快く入れてくれ、そこはもうステージから5列目くらいの場所でした。

「もの凄~く良く見える!!!」 この状況に心の中が震えるような感覚を味わっていました。しばらくして辺りを見回すと、さらに前方には小さな子供たちがいて、楽しそうにステージを見上げていました。彼らもより良い場所に迎え入れてもらったのでしょうね。微笑ましい光景でした。

続く2日間も状況は同じような感じでした。次の日、相変わらず埋もれていた私に、隣にいた男の人は「ただ Excuse Me!!と言い続けて前に突き進むと良い、止まらずにね」とアドヴァイスしてくれました。その通りにして、再び5列目くらいの場所に進み出ることができました。振り返ると、その彼はニッコリ笑って、「良かったね」と言ってくれているようでした。

3日目、少し図々しくなってきた私は、目の前にいた長身の男性に「見えないから場所を替わって欲しい」と言ってみました。でも、この時はあえなく断られました。「ああ~やっぱダメよね…」とガックリきてたら、そばにいた若い学生風のカップルが「大丈夫?見える??良かったら私たちの前に立っていいよ」と言ってくれました。

こうして私は3日間とも、周囲の方々のご厚意で、より良い場所でライヴを観るという機会に恵まれました。人々の優しさに心から感謝しています。思い出す度に暖かい気持になれる、そんな出来事でした。