5- HBとの遭遇

HBとの遭遇 – 1

「To The Fillmore, Geary & Fillmore St.…」

Fillmore と私の泊ってたホテルは、タクシーで約10分の距離にありました。夕方、ホテルから「Fillmoreまで」と言ってタクシーに乗ると、決まって運転手さんから「Tom Petty だね!」と声をかけられます。それだけでもういい気分です。

ところで、Fillmore のあるあたりは、一般にあまり治安の良くない場所だといわれています。サンフランシスコがL.A.やNYより安全だといっても、やはり行き帰りともタクシーを利用する必要がある訳です。行きはホテルからタクシーに乗ればいいのですが、問題は帰りです。どこでどうやってタクシーを呼べばいいの?と不安に思っていたのですが、旅行社の現地係員の人に「Fillmore なら帰りは客待ちのタクシーがいるから大丈夫」と言われて、ホッとして出かけていったのでした。

で、いざコンサートが終わってみると...外にはタクシーなんていないっ!ガ~ン!!
他の観客たちは皆、自分の車やバスに乗ってさっさと帰って行きます。私はどうやって帰ればいいの...素晴らしかったコンサートの余韻が、サーッと一瞬にして退いていきます。もう、深夜の12時近い時間です。まあ、電話でタクシーを呼べばいいのでしょうが、私にはどうするものなのかもわからず、すっかり途方に暮れてしまいました。実際、係員のお兄さんの言葉を信じて、何も考えてこなかったのですから。

そこで唯一、私の頭に浮かんだのは、近くにジャパン・タウンの一角があり、その中に「都ホテル」があるということでした。そこに行けば、なんとかタクシーを呼んでもらえる、頭の中が真っ白になりかかった私には、もうそれしか考えつかなかった。事前にガイドブックの地図を見ておいて良かった。

それで、おぼろげな記憶をもとに都ホテルを目指しました。真夜中で、治安が悪いと言われる場所で、しかも女の子がひとりで...想像するだけでドキドキしますよね。何が怖いって、全く人の気配がなくてシーンとしてるのです。ゴーストタウンのように。

1ブロックちょっとの間、顔を引きつらせて、頭の中の地図のイメージだけを頼りに歩くこと約10分。何とかたどり着いたけど、もう、倒れそうなくらい怖かったです。

深夜のホテルは人もいなくて、ひっそりとしていました。でも、そこがとっても安全な場所に感じられたのは言うまでもありません。夜遅かったので、入口にはドア・ボーイが一人いるだけでした。その人にタクシーを呼んでもらいましたが、すぐには来ないということだったので、ロビーのソファーに座ってホッと一息、待つことにしました。

私が再び素晴らしいコンサートを思い出してうっとりしていると、入り口から大きなシェパードが入ってきました。エッ!と思ってよく見ると、犬を連れているのは Howie Epstein でした。 もう目が釘付け。Howie は華奢で顔がすごく小さかった。でも、状況が状況だけに固まったまま見ていると、彼とシェパードはエレベーターに乗って消えていきました。そう、彼らはそこに泊っていたのです。

これで私のとるコースはもう決まりです。残り2晩も、相変わらずタクシーをつかまえる手段がなかったので、1ブロック歩いて都ホテルまで行きました。慣れというのは恐ろしいもので、恐怖心は徐々に弱まっていました。

次の晩は、Howie と Benmont と Mike が次々と帰ってきました(Benmontの顔もすごく小さかった)。そして、私はやはり固まったままでした。- こんな時、皆さんはどうしますか?- 果敢にも話しかけて、サインの一つももらえば良かったのでしょうか?(少しだけ、そうも思います。)

でも、あの真夜中、ほとんど人もいないホテルのロビーで、疲れて帰って来たであろうHBたちに近寄ることはできませんでした。私はアーティストのパーソナルな部分に踏み込むのには、ちょっとためらいを感じます。まあ、私に勇気と英語力がなかっただけの話なのでしょうが。

HBとの遭遇 – 2

サンフランシスコにいた4日間のうち、3日間は Fillmore に通いました。昼間は、最初の日はツアーの市内観光へ、2日目は郊外のパロ・アルトのあたりに、そして3日・4日目はひとりで再び市内観光に出掛けました。3日目は夜にライヴがないので、時間を気にすることなくあちこち歩き回ることができます。私がサンフランシスコで思い浮かべるのは、何といっても「ヘイト・アシュベリー」...だから迷わずそこに向かいます。

ホテルの近くのユニオン・スクエアからバスで15分くらい、次第に景色がそんな雰囲気になって来たところで降りてみました。その日は月曜日だったこともあり、人は多くはありませんでした。それでもヘイトの雰囲気に浸りながら通りを往復して、60年代気分を味わいます。といっても、実はそれ程、感激しませんでした。私には前衛的な世界(?)は向いていないのかな??

さて、そろそろ帰ろうかと思って、バス停でバスを待っている時のこと。私は少し疲れていて周囲のことに注意していませんでした。で、ふと気がつくと...もう息が止まるかと思いました。だってだって、私の目の前に Mike Canpbell がいるんですよ。Mike は私の一番好きな Heartbreaker なのです。距離にして4~5mくらいでしょうか、彼はご家族と一緒でした(奥様と女の子が1人、男の子が1人)。

丁度、ヘイト・アシュベリーに出掛けて来たのでしょうね。私と彼らの立っている間に、一軒の Used Record のショップがあったのですが、どうやら Mike のお目当てはその店のようで、ご家族と別れて一人その中に消えていきました。

その間、私はまたまた固まったまま彼らを見ていました。それにしても、こんなに偶然が重なるとは...。

その後、私がどうしたと思いますか?その時もかなり迷ったのですが、これは運命だと言い聞かせて、その Used Record ショップに飛込んでみました。入ってみると中は薄暗く、沢山の高い棚に区切られていて、店の中を見通すことができません。そして、一瞬のうちに私は Mike を見失ってしまったのです。ガ~ン!! なんだか、あまりに間抜けすぎて笑われてしまいますね。運命は逃げていってしまいました。

さて、考えてみるとサンフランシスコに来て3日の間に、私はすべてのHBと接近遭遇してるのです。ヘイト・アシュベリーからの帰り道、私はこの偶然の出来事の意味について考えていました。もしかして、はるばる日本からTP&HBを見るためだけにやって来た私に、幸運の女神が舞い下りたか??

ということは、あと残っているのは...Tom Petty その人だけです。ああ、このまま行くとTPとも接近遭遇するのでは...結構都合のいい解釈ですが、その時の私はかなりまじめにそう思っていました。その後1日半、私が目を皿のようにして過ごしていたのは言うまでもありません。

結論から言うと残念ながら、TPとの遭遇はありませんでした。あ~運命じゃあなかったようで。
でも、Fillmoreでは毎回、かなりの至近距離からTPを観ることができました。そして、その間ずっと見つめていましたから、それでもう十分満足です。だって彼らはステージにいる時が最高に素敵なのですから。

最後の夜も、帰りは同じように都ホテルでタクシーを呼んでもらいました。その日は Benmont と Scott Thurston が私の横を通り過ぎました。本当は最後の最後までTP来ないかなあ… と思ってたのですが。