1-1. The Fillmore Party Report

** 2nd Day

最初の日があまりにもすごい1日だったし、十分アピールもしました。だから2日目は、自分たちなりにライヴを楽しむことにしようと3人で話をしました。私が97年に Fillmore に行った時は前から4~5列目で、そこは本当によく Tomさんと目が合う場所でした。ライヴの間中、絶えず見つめ合っていたと私は勝手に信じているくらいです。その時のことがあったので、最前列ではなく、もう少し後ろでステージ全体も見ることのできるポジションが良いと提案しました。とにかくあと1日、心行くまでライヴを楽しみたいと思いました。

午前中、せつこさんはハイスクール時代のお友達に会いに、私とジローさんは「何か TP&HB のものをGETするために」ショッピングに。フィッシャーマンズ・ワーフ近辺のゴチャゴチャしたあたりまで足を伸ばしたのですが、時間がなくて結局めぼしいものは見つかりませんでした。残念。帰りに Columbus Ave.のタワー・レコードに立ち寄って、壁の看板とご対面。ここで「Rolling Stone」誌の写真集を買ってホテルに戻りました。

ホテルでせつこさんと合流したのが14:00頃。一息ついて、16:00くらいに再び Fillmore の列へ。その日の整理番号は50番でした。これで十分希望の場所が確保できます。と、そこに再び Cathy B.がやって来て「今日も会えて良かった」と言って、さらに私たちのことを気遣ってくれました。「今日のショーは最前列ではなく、彼らと目線が合い、ショーを楽しめるような位置で見たい」と言うと「そうね。確かに一番前は押されたりするから、ライヴを見るには少々辛いこともあるわね。ショーを楽しむと言う意味では2列目3列目が良いと思う」とアドバイスしてくれ、「もし希望の場所があったら、先に行って場所を取っておいてあげる」とも言ってくれました。そこで、せつこさんが「Tom と Mike の間で2、3列目くらい」と伝えると、彼女は約束通り私たちの場所を確保していてくれました。

Cathy B … 2日目も、並んでいるところにやってきて挨拶してくれる。「きのう (12日のショー)は素晴らしかったわね、Did you enjoy the show? (マイクが)あんなにそばでプレイを見せてくれたのは明らかにあなたたちのためであり、普段は引っ張られたりすることもあって、あれほど近づいたりしない。They really played for you. Isn’t that cool?! 」といっしょに喜んでくれた。
Tomさんの印象として、「前日あまり私たちを見ないようにしていたのではないか?」ということについて、「たしかにShyですね」と言うと「そうね、でも”nice shy”ね」とのこと。 けっこう神経質なところがあり、いろいろなことがよくも悪くも影響しやすいとのこと。「昨日は音楽関係者がたくさん来たので、それがどう影響したか… でも昨日は良かったと思う」と言っていた。(S)

この日も Cathy には感謝&感激でした。ショーが始まってしばらくした頃、後方から女の子の集団が押し寄せて来て、私たちの前に入り込んでしまったのです。ステージが見えなくなったのと同時に、私はひどく悲しくなってしまいました。物理的にも精神的にも、このままではまともにショーを見ることができそうもありませんでした。その時、横の方から Cathy が私を引っ張って「こちらにいらっしゃい」と招いてくれました。そして、動揺していた私を何度か抱きしめて、「さあここで楽しんでね」と言ってくれました。それから私は丁度、TPの正面でほとんどTPを見つめてショーを観ました。彼女がアンコール前に引き上げてしまうお別れの時には、私はもう胸が一杯でただ「Thank you」としか言葉にならなかったけど、彼女は何度も抱きしめてキスしてくれ、そして私たちの幸運を祈ってくれました。

** At the Hotel

私たちが滞在したのは、Fillmore に程近いジャパン・タウンにある MIYAKOホテル。なぜ MIYAKO なのか … 「1997 – Fillmore 訪問記:HBとの遭遇」をお読みになった方はおわかりでしょう (1997年の Fillmore Live の際に私はHBたちをこのホテルで目撃しているのです)。一体何を期待してのことかはわかりませんが、とにかく泊まるなら彼らと同じホテルにと考えてのことです。もっとも、今回も彼らがこのホテルにステイしているという保証は全くなかったのですが。

最初の日のライヴが終わった後、興奮覚めやらぬままホテルまで歩いて戻った私たちは、あまりに疲れていたのでロビーのソファに倒れ込んでいました。そこにしばらくすると、Benmont がスタスタと何事もなかったかのように帰ってきました。やはり、やはり、彼らはまたこのホテルに滞在していたのです。ロビーに知人がいたらしく、Benmont は私たちの隣のソファに座って、しばらく何やら話をしていました。多分、私たちには Benmont に話し掛けるチャンスはありました。でも、それはできませんでした。そこは彼にとってプライベートな場所なのです。それに、ライヴで嫌というほど「JAPAN」をアピールしてしまった私たちが、ホテルまで押しかけてきたと思われるのも良くないですものね。

それにしても彼らはごく自然にそこにいました。今回はTom は勿論、Mike と Howie も見かけませんでしたが、Ben は何度も目撃しました。Scott と Steve Ferrone もです。そして、Mike のギター・テク、Steve Winstead とはいろいろ話しもできました。やはり、MIYAKO ホテルで良かったと思いました。

2日目の昼ごろ、マクドナルドの袋とドリンクを持ってホテルの外を闊歩する Benmont を目撃。髪の毛さえ豊富なら学生と言っても通用するほど。(S)

TomさんのGFとはジローさんが一度エレベーターで乗り合わせたとか。(S)

Steve W. とはその後ホテルのロビーで再び会った。「今日(12日)のショーは今一つだったと思うのでぜひ明日も見るといいよ」と言ってくれた。とても気さくでフレンドリーな人物。2日目のショーの後も、ロビーにいると彼が帰ってきたので、メッセージを書いたハガキをことづけると快く引き受けてくれた。「明日帰るのか、気をつけてね」と言ってくれる。握手して別れた。(この人は”Heartbreakers Web Party”のページの Mike の写真の後ろの方に立っているのがかすかにわかる。)(S)

MIYAKOホテル。 ベッッットーーー!!フローーーーーーー!!(狂喜乱舞)(J)

疲れ果てて部屋に戻った3人ですが、ライヴの興奮は収まることなく、当然すぐに眠れそうにはありません。私&せつこさんの部屋とジローさんの部屋は丁度、背中合わせになっていて、バルコニーはつながっているので、窓から行き来ができるようになっていました。だから滞在中はほとんど窓からジローさんの部屋に入って、そこで話をしたり、作業をしたり、ビールを飲んだりしていました。ライヴが終わった後はとにかく祝杯をあげたかったので、ジローさんの部屋でかなり遅くまで飲んでいました。3人ともどこか言葉にならない部分があり、それぞれに違う方向を見てライヴの余韻に浸っていました。決して大騒ぎすることはなく、静かにいろいろ語り合いました。確か PARTY は3:00頃まで続いたと思います。

2日目のライヴの後も夜食を囲んでの PARTY でした。慌ただしかった2日間、疲れはピークに達していたのですが、この夜もすぐに眠ることはできませんでした。すごいものを見てしまったという満足感とともに、ショーは終わってしまったのだという寂しさがこみあげて来たのもこの頃でした。思えば前日にSFに着いて、ほとんどの時間を Fillmore で過ごしたのです。何だか突然その場所にワープして、すごい夢を見て、また元に帰るようだと思いました。これは本当に現実だったのだろうかと。