~ デビューから40年走り続けたバンドのヒストリー ~
TP&HB 結成前(1970年代前半)
1950年にフロリダ州ゲインズヴィルに生まれた Tom Petty(TP) は、10歳の時に Elvis Presley を見て(*1) ロックン・ロールの虜になり、The Beatles のアメリカ上陸でバンドを作り、The Byrds にのめり込むという典型的なロックン・ロール少年でした。
1968年、地元のハイスクールを卒業して本格的に音楽活動をスタートしたTPは、友人の Tom Leadon (*2) と Mudcrutch というバンドをはじめます。
1970年頃、新たにバンドに加わったドラムの Randall Marsh は、2人の Tom にリズム・ギター候補として、ギターが弾けるルーム・メイトを紹介します。
そのルーム・メイトが “Johnny B. Goode”を演奏するのを聞いてすっかり心を奪われた TPは、直ちに彼をバンドに迎え入れます。彼の名前は Michael (Mike) Campbell。この出会いこそが、Tom Petty and the Heartbreakers(TP&HB)の記念すべき第一歩です。Mikeはこれ以降、TPの良きパートナーとなり、40年以上にわたって一緒に活動しています。
1971年、地元ゲインズヴィルの高校を卒業した Bennmont Tench が、一時的に Mudcrutchのメンバーに加わります。Benmont は大学に進むため、すぐに抜けてしまうことになりますが、彼を高く評価していたTPは、約2年後にバンドに連れ戻すことに成功します。この時から、将来の TP&HB の3/5が、ひとつの夢に向かって進み始めたのです。
1970年頃には、Mudcrutch は地元ではかなりのビッグ・ネームになっていました。1973年、彼らは初のレコーディングを行い、マイアミの Criteria Studios (*3)で “Up In Mississippi Tonight / Cause Is Understood”を収録します。勿論、当時は全く売れませんでしたが、幸運にも1995年発売のボックスセットCD『Playback』(*4) の中で、この初期の音を聞くことができます。
この頃までに Leadon が抜け、代わって Danny Roberts が加入、Benmont も出戻って、さらに活動の場を広げていきます。フロリダを出て本格的な活動を行うことを決意した Mudcrutch のメンバーは、1974年4月1日、ロサンゼルスに向けて出発しました。
ロサンゼルスでシェルター・レコードと契約した彼らはアルバムのレコーディングを開始しますが、力を出しきれないまま苦しい時を過ごし、結局は1975年後半にそのまま解散。この時、レコーディングされたのが、彼らの唯一のシングル”Depot Street / Wild Eyes”です。
*1) Elvis Presley
1961年春、映画「Follow That Dream」の撮影のためにフロリダに来ていた Elvisを見に行っている。
*2) Tom Leadon
元イーグルスの Bernie Leadon の弟。
*3) Criteria Studios
Eric Clapton が”Layla”をレコーディングした場所として知られる。
*4) Playback
セットの中には、Mudcrutch 時代のデモ・テープの曲なども収められている。
Tom Petty and the Heartbreakers 誕生(1970年代後半~80年代初)
Mudcrutch 解散後、TPはソロ・アルバム(*1)の制作にとりかかります。しかし、TPはソロ・アーチストになるより、バンドで活動していくことを望んでいました。丁度、Mudcrutch の仲間だった Benmont が、Stan Lynch、Ron Blair という、やはりゲインズヴィル出身のミュージシャン達と一緒に活動をはじめたのを知ったTPは、彼らに Mike を加えたメンバーで新たにバンドを結成することを決意。こうして、Tom Petty and the Heartbreakers が誕生します。
TP&HB は引き続き、シェルター・レコードとの契約、Denny Cordell (*2)のプロデュースにより、ファースト・アルバムのレコーディングを行います。そして、1976年に『Tom Petty and the Heartbreakers』をリリースしました。
パンク・ニューウェイヴ全盛の当時、彼らのようなバンドはあまりもてはやされなかったようですが、地道な活動のうちに次第に認められるようになります。特に、77年のイギリスでのツアーで人気に火が点き、それがアメリカへも波及。78年の第2作『You’re Gonna Get It!』がゴールド・レコードを獲得して、その地位を確立していきました。
順調に見えた TP&HB の活動でしたが、ここで一転、所属レーベル(シェルター)とのトラブルから、シェルター及び所属レコード会社(MCA)との法廷での裁判闘争(*3)という苦しい状況に陥ってしまいます。
その中で、Jimmy Iovine をプロデューサーに迎えて制作された『Damn The Torpedoes』は彼らの怒りや反骨精神が反映された素晴らしい内容に仕上がりました。MCA との和解も成立し、アルバムは発売されるとヒット・チャートの上位にランクされ、トリプル・プラチナを獲得する大ヒット。初期の代表的なナンバーが次々と生まれることになります。『Torpedoes』は彼らを一躍、トップ・バンドの座に押し上げます。
*1) ソロ・アルバム
アルバムには、Mike Campbell のほか、Al Kooper や Jim Gordon といった一流ミュージシャンも参加していた。
*2) Denny Cordell
シェルター・レコード創設者。TPの才能を見抜いて、レコーディング契約を結んだ。TP&HB 初期の2枚のアルバムのプロデュースも担当。
*3) MCAとの裁判闘争最終的には話し合いの結果、Backstreet Records を設立、同時にロイヤリティの割合が大幅に見直された。